もと筋金入りの英語難民、今ではイングリッシュブートキャンプの主宰のGENERALこと児玉です。
さて、記念すべき渡米後最初のご飯@マクドナルドで英語で撃沈した僕は、そのまま英語学校の寮に到着し、すぐに寝ました。アメリカ最初の夜は泥のように眠りこけました。
翌朝、起きだすと外に出てみました。7月。緑が生い茂るアメリカの田舎町。
僕の英語の不安はふっとんでいました。渡米時、一念奮起して日記を書き始めて3日ほど続いていたのですが、その朝のエントリーにこう書いてありました。
目次
「朝早くおきて外に出た。自由の匂いがした」
かなりポエットな感じで大いに恥ずかしいのですが、でも、これは今でも鮮明に覚えています。若葉のような香りですが、確かにそれは「自由」の香りでした。
そうです。周知の通り、アメリカは自由の国だったのです。
そんな自由の国で、僕の前に次に立ちはだかった壁は大きかったです。
大柄な食堂のおばちゃんでした。
ちょうど渡辺直美を1.5倍くらい縦に伸ばした感じの、めちゃくちゃ笑顔が素敵な黒人のおばちゃんです。食堂で毎朝パンケーキを盛ってくれる係りの笑顔のおばちゃんです。最初に彼女と出会ったときは、アメリカの自由を象徴するような満面の笑みのナイスなおばちゃん、とだけ思っていたのですが、後ほど、彼女に身の毛もよだつ程悩まされる日が来るとは思っていませんでした。
いずれにせよ、自由、フリーダム、ロッケンローなアメリカ。
いたるところ自由です。自由祭りです。男子は全員坊主頭がルールだった中学に通っていた僕からしたらショック死しちゃいそうな程、ありとあらゆるものが自由でした。
例えば、食堂でいえば、もう、何でも食べ放題なのです。
当然飯も食べ放題ですが、感覚的になかなかおいつかなかったのが、コーラとか炭酸飲料も飲み放題だし、アイスも食べ放題でした。アイスに至っては、31アイスクリームみたいな、あのボテチっとした大きなバケツのようなアイスがバンバンバンと6個くらいアイス専用冷蔵庫みたいのに入っており、スクープも何本も置いてあって、好きなだけ食え系です。更に、恐ろしいことに、その横にソフトクリームマシンも置いてあり、当然コーンも取り放題。いくらでも食えとなっているわけです。
学生の食堂なのに、です。
渡米直後の僕。籠の中の小鳥のように自由に慣れていない僕には、この炭酸飲料だとかアイスだとかいった、いわば「お菓子」的なものが、学生の食堂で食べ放題という事実を脳が受け入れるまでに相当時間がかかりました。なかなか慣れない僕は、アイスを2種類以上スクープするときは、周りから「このコソ泥野郎」と思われていないかをチョイチョイ確認しながらソソクサと速攻で大盛にしていましたし、アイスを食った上にソフトクリームまで食らうときは、わざと5分くらい間隔を空けて、さも「これは本日一つ目のデザートです」的な雰囲気を大袈裟にふりまいて取りに行くほどの貧乏性、というか、自らの欲望を素直に表現することが出来ない全くシャイな若者だったのです。
で、ここで登場するのが、冒頭の、「パンケーキを盛ってくれる係り」の大柄な黒人のおばちゃんです。
まぁ、パンケーキとかお洒落に書きましたが、日本風に言えばホットケーキでしょうか。僕の知っているホットケーキといえば、デパート等のレストランや喫茶店で出てくるご馳走です。しかも、これもオヤツというか、デザートというか、大の大人がご飯として食べるようなものではない、娯楽感あふれる「お菓子的」フードでした。
先ずは、それが朝飯に出てきて、しかも食べ放題というところが「さすが自由の国や」と、まるで家出して初めて上京した博多の不良少女のように度肝を抜かれました。
― 世の中、こんな自由な世界があるのですか?
またしても果てしない「自由」に僕は多いに戸惑いました。
かのレベッカも、くちづけを交わした日はママの顔も見れなかったそうですが、僕も初めてホットケーキを朝ごはんに食べた日には、「きっとこれは母親の顔みれんだろうな」と初めてレベッカの歌心がわかったのでした(今みたいなパンケーキブームも前ですからね)。朝からお菓子的なホットケーキ。それは、ずばり背徳感そのものです。でも、なんだか少し大人になったような、そんなどきどきもありました。
その僕にまったを掛けたのが、その大柄のおばちゃんだったのですが。
まず、食堂では食べ物出しカウンターに並んで自分が欲しいものをいうと、向こう側にいるおばちゃんたちが惜しげもなくモリモリ持ってくれます。パンケーキ係りの大柄おばちゃんも同様。こちらの求める枚数に応じて大きめのお皿に置いてくれます。パンケーキ自体は、日本で食べていたものより小さめで薄めな気がしました。日本のホットケーキのほうが「しっかりしている」という感じです。
で、その大皿にのったパンケーキに、おばちゃんは、間髪を入れず、シロップをかけてくれるのですが、それが、なんと、
オタマ、で
かけてくれるのでした。
想像して下さい。
大皿にもられたパンケーキに、豪快にオタマでシロップがばっと掛けられる様を。そのドロッとかかっていく際のビジュアルも凄いですが、かけられた後のお皿の状態がもの凄い。なんせ、シロップの池にパンケーキが浮いているような状態です。
僕は、まるで、博多出身の不良家出少女が東京で初めて食べたイクラ丼が、ご飯よりもイクラが多かったように驚きました。
― 完全に主従が逆転している
イクラよりご飯が多かったら、それは或る意味ファンキーで極楽な世界かもしれませんが、モノには限度があるというか、どれだけイクラが大好きでもイクラ丼には正しい白米の量があります。そしてそれはいくら何でもイクラより多いはずです。
― 日本では違ったはずだ。
小さい頃喫茶店でホットケーキを食べる度に「シロップすくねぇな、どうやって足りんだ、これ」と思っていた僕でさえも、カレーでは必ずルー多目を頼む汁好きの僕でさえも、そのシロップの量は許容を超えていました。そうです。基本的に日本でのホットケーキのシロップは銀のちっこい容器に申し訳ない程度に半分ほどしか入っていなく食べる人間全員を「すくねー」とゲンナリさせる存在だった筈です。それが、なんと、おたま、で。
新感覚のシロップにおぼれるパンケーキ。
僕は、「ありえん」と思いながらもフルフルと震えながら食しました。
― あっめー!!!
口の中が痛いほど甘いのです。
二口食べるとほっぺがパンパンになるのを感じる程でした。
しかし、次の瞬間、口の中で大革命が起きました。
― でも、うっめー!!!!
これにはまいりました。
ウマいんです。
甘すぎなんだけど、それがウマいんです。
これが、自由の味か。
シロップとホットケーキの主従が逆転したときの新境地がこれなのか。
これが自由の象徴なのか!!!。
まるで博多出身家出不良娘が、初めて表参道をジャージ姿で歩いたときのような刺激の強さです。今までの自分の世界が全て否定された、まさにそんな感じです。
ただ、そうは、言っても、結局甘すぎでした。
たっぷりシロップはすんごいウマいんですが、流石にオタマ一杯は多い。
その日、僕は早速クラスメイトの日本人から、半分にしてくれ、という英語を習いました。
「Half, please(半分だけでいいです)」
かなりシンプルです。
― フッ、簡単じゃないか
でも、これが僕の扉を開く一言になる筈です。
恐らく、これが始めての、アメリカ人に突きつける要求になるわけです。
まぁ、そこまで張り切らなくても、自分として意思疎通というか、コミュニケーションなわけです。張り切っていた僕が居ました。
当時の日記にも「Half, please = 半分だけください」と備忘録のように書かれています。ちょっと文字が大きめのところに当時の気合を感じます。
次の朝、僕は、パンケーキおばちゃんの前に行きました。
おばちゃんは、満面の笑みで、「グッドモーニング、パンケーキ?」と聴いてくれました。
「イエス、スリー、プリーズ(はい、3枚御願いします)」
僕には手で数字の3を作りながら、3枚下さい、と言いました。当然ながらマックで進化した僕は、既に「ボディーラングエッジ話法」はお手の物です。
おばちゃんは、「シュアー(わかったわ)」と言うと、満面の笑みでパンケーキを盛り始めました。そして、流れるようにオタマを掴みました。
ここだ!
ここで、「Half, please」を繰り出すのだ!
僕は、彼女の動作に割り込むように「あっ」と声を発しました。
おばちゃんは、満面の笑顔のまま「んっ?」という表情をこちらに向けました。
まるで博多出身の不良少女が表参道を歩ききって初めてじゃんがらラーメンに入り、そこで替え玉をしようとしたときに、ちょっと声が小さくて聞こえなかった店員さんがする、その、「ん?」という表情に似ていました。何しろ満面の笑みをしながらの「ん?」。何の疑いも無く、自然の笑みのなかでの「ん?」です。
僕の顔を見ながら、おばちゃんは、そんな笑みのまま手元も見つめず流れる動作でオタマでシロップをすくい始めました。
僕は、Half, pleaseを繰り出すことが出来ませんでした。
発することが出来なかったのです。
理由は、おばちゃんの、地球上の善意を全て詰め込んだような笑顔。
もっというと、朝ごはんからパンケーキという史上最強の楽園的状況を祝福しているような笑顔。そして、彼女のたおやかで優雅なオタマの動きはモリモリのシロップを掛けるという行為自体は、水が高いところから低いところに行くくらいの自然の摂理というか、神の定めた運命、というか、疑う余地のない人類としてのルールとさえ感じるものでした。もう、彼女は、この世の贅を尽くした「朝飯からお菓子的パンケーキのシロップ風呂」の象徴でした。つまり、ここで彼女に「Half, please」と言う事は、まさに神に挑むような行為であり、また、彼女の存在自体を否定するような気さえしました。あの全てを投げ打つような全身全霊の笑みを穢す行為に思えました。甘甘のパンケーキだけでなく彼女の善意を踏みにじるような行為にさえ思えたのです。
僕は「なんでもありません」とばかりに首を横に振り、またまたタプタプに掛けられたシロップのパンケーキ3枚を貰うと、そそくさとそこを後にしました。
― 俺には、言えん・・・・
― おばちゃんの笑顔を否定するなんて・・・・できん
それは、僕に最初に立ちはだかったグローバルの壁でした。
甘甘のパンケーキに悶えながら、「NOといえない日本人」という言葉を思い出していました。僕たち日本人は、なかなか自分の思っていることを直接的に表現できない。特に断るとかが、苦手、そういった内容のことだったと記憶していました。
― 確かに、、、断りにくいもんだ。
あの笑顔を誰が否定できるのか。
あの満面の笑みに対して、自分の要求をどうやって突きつけていいのだろうか。
僕は悩みました。
3日が経ちました。
既に日記をつけるのは挫折していましたが、その間シロップ風呂パンケーキを毎朝食べ続け、ほっぺが少し丸くなってきていました。ゆで蛙のように極楽パンケーキから抜け出せない日々を過ごしたのでした。
ですが、4日目に決意しました。
― 言うべきだ
ということでした。
それが、グローバルに出た僕が取るべき道である、と。
そう考えるに至ったのは、意外に、お坊さんの言葉からでした。前回の通り僕はアメリカに来るまでに本当に色々な方から様々なものを貰っていたのでした。そのうちの一人が、高校2年生、3年生のときの担任の先生でした。彼はお坊さんでした。そんなお坊さんの彼が僕にくれた言葉は「天上天下唯我独尊」という言葉でした。博多出身不良娘の特攻服の背面に縫いこんであるような台詞ですが、これは意外に有難い言葉だそうで、「自分勝手に生きろ」というような豪快な意味ではなく、「先ずは、自分を大切にしなさい。自分を本当に大切に出来る人ほど、他人にも優しくなれる」といった意味だと教わりました。
― そうだ、天上天下唯我独尊だ。
先ずは、僕が幸せにならなくては。
こんなタプタプなシロップじゃ本当の幸せになれない。
本当の幸せは、やはり、シロップは半分くらいがいいのだ。
僕がしっかりシロップを半分にしてもらい、最適のシロップで朝飯パンケーキを楽しむことこそが、おばさんを喜ばせるものになるのだ。彼女の幸せなのだ。
僕は、それに気が付いたのでした。
その朝、僕は、おばさんの前に立ちました。
相変わらずの満面の笑みです。
あまりも自然、あまりにもタプタプシロップのパンケーキ万歳の笑み。
強敵です。
でも、ここで負けていかん!!
― ここで自己主張することこそ、俺のグローバルの第一歩や!
うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!とという感じでした。ごごごごごごごごと後ろで何かが鳴り響いているような壮絶さで僕は高い高いグローバルの壁に立ち向かいました。
いつものように、パンケーキの枚数を聞かれたのですが、
「イエス、スリー、プリーズ(はい、3枚御願いします)」と答えた僕は、
すかさず返す刀で、「アンド!(それと!)」と彷徨しました。
彼女は、例の「ん?」という例のじゃんがらラーメンの店員のような笑顔をしたのですが、今日の僕の「アンド!(それと!)」が大きかったのでしょう、なんと、その日はピタッと彼女は動きを止めていたのでした。前回は彼女の動きを止めることは出来なかったのです。
彼女の動きが止まったことで僕は事の重大さに改めて息を呑みました。風の谷のナウシカのなかでババ様が「風がやんどる」と震えながら言った場面を思い出しました。これまで風の谷にずっと流れてきた、風の谷の守護神のごとき風がやんだ瞬間、まさに、そんな感じでした。全人類の幸せが詰まったパンケーキおたま掛けが途中で止まった瞬間でした。
ドックン・・・ドックン・・・ドックン・・・
言うしかない。
でも、自然の摂理に逆らっていいのか?
でも、言うしかない。
天上天下唯我独尊
天上天下唯我独尊
天上天下唯我独尊
天上天下唯我独尊
天上天下唯我独尊!!!!
言え、俺!!!!!
ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっつつつつ!!
僕はついに吐き出しました。
僕のグローバルの第一歩となる一言を。
「Half, please(半分だけで)!!!!!」
おばちゃんは固まりました。
笑顔のまま固まっていました。
まるで、博多出身の不良少女が博多じゃんがらラーメンで、さっきまで替え玉を頼もうとしていた店員の男性が、なんと中学1年生のときに卒業式で学ランのボタンを貰った2年上の憧れの先輩だったことに気づいたように固まっていました。
僕は瞬きもせず彼女を見つめました。
彼女の笑顔は崩れるのか。
せっかくのタプタプのシロップを受け入れない日本人の登場に気を落とすのか。自身が否定されたと苦しさを顔に出すのか。善意が踏みにじられた悲しい顔を見せるのか。僕は彼女の顔を見詰めました。それはほんの数秒のことだったと思いますが、僕のなかではずいぶん長かったように感じました。
その瞬間違う考えが頭をよぎりました。
もしや、、、、また通じていないのか?
僕は呪文のように繰り返しました。
「Half, please!」
「Half, please!」
「Half, please!」
「Half, please!」
大丈夫だ、Rの発音は無いはずだ。スペルもチェックしている。
「Half, please!」
「Half, please!」
「Half, please!」
彼女は固まったままでした。
珍獣を見るような眼でこちらを見ています。
やはり通じていないのかもしれません。
フッ、俺ともあろうものが忘れていたぜ。こういうとき事ボディーラングエッジや!
と気づいた僕は、両手で球みたいのを描いて、右手のでそれを切る仕草をしました。半分よっ!という僕の渾身のボディーラングエッジです。
その瞬間、なんと、彼女は大きな笑みをかえしてくれました!!!
おおおお!!!笑顔でた!!!!
しかも満面の笑みや!!!!!
僕の勝利の瞬間でした!
フッ、俺もグローバルデビューだぜ!
なにがNOと言えない日本人じゃ。
全然いえるぜ、ベイビー。
いけるいける!グローバルいける!
僕は小躍りしたいくらいのお祭りモードでした。
出来れば、このカウンターを乗り越えておばちゃんのほっぺに大きなキスをしたいくらいでした。
おばちゃん!!!
すると、何を思ったか、おばちゃんは奥の方へ消えていきました。
そして、満面の笑みで戻ってくると、笑顔のまま、いつものようにおたまを掴むと、流れるようにタップリとシロップをすくい、僕のパンケーキにかけたのでした。
!!??
―お、おい、おばちゃん、違う、そうじゃないだろ!!!
僕は戸惑い、そして心の中で叫びました。
そして、おばちゃんは、僕にパンケーキの皿と一緒に先ほど奥から持ってきたであろう銀のナイフを手渡し、満面の笑みで言いました。
「エンジョイ!」
僕は敗北感のまま、彼女の前をさりました。
・・・・手刀を、ナイフと間違えられたか。
朝からシロップ風呂パンケーキに身もだえしながら僕は前途多難な未来について考え始めました。
つづく